日本統治期の台湾文学作家翁鬧は、短いながらも輝いた創作生活を送った。その活躍ぶりは、つとに多くの論者が認めている。翁鬧の作品に見られる日本語表現については、基本的に母語話者と同等であるとの高い評価を受けているが、本稿ではこの点、さらに詳しく分析したい。その結果、翁鬧の日本語表現の特徴として判明したことは、まず、豊かな語彙力が挙げられる。その具体的な例として、方言然ぜんとした語彙、流行語、外来語の使用の3点から分析した。次に、中訳本からは探りがたい日本語使用上の特徴を把握すべく、人物名に対する工夫、文体の自由な駆使、詩作におけるカタカナの使用の3点から検討し、翁鬧の日本語表現の精妙さを再確認した。最後に、翁鬧の日本語表現の誤用について分析した。その結果判明したことは、同時代の他の台湾人作家と比べて、彼には日本語の誤用が少なく、その多くがごく一過性の誤用である、いわば「ミステイク」と言ったほうが適当であるという結論に達した。如上の考察の結果、台湾人作家として、翁鬧の日本語能力は当時の平均的なネイティブスピーカーをさえしのぐほどであったことが推察される。母語話者顔負けの表現が作品中には散見されるし、日本語の特徴も十二分に生かして表現している。 |