隠遁者である比丘・比丘尼により構成されるサンガ(仏教教団)は、世間と距離を置くことを志向する沙門の集団である。しかし、同時に比丘.比丘尼の生活は世間に大きく依存しており、サンガは世間と独立して存立しうる組織ではない。 このことは戒律文献の成立上きわめて重要な意味を持ち、戒律文献を俯瞰すると、その中にはサンガ内部の問題を純粋に扱う規定の他に、世間の人々の規範意識が持ち込まれた規定を数多く見出すことができる。その様な規定には世間の人々からの提起に基づき制定された規定、世間の人々の非難を受けて制定された規定があるが、これらについて検討するならば、戒律と社会の関係について解明することができよう。 本稿ではその手始めとして、世間の人々の非難を受けて制定された規定を取り上げ、それがパーリ律「比丘分別」においてどの程度の広がりを有するのか考察する。その結果を簡略に述べると、この種の規定は「比丘分別」に115 条含まれ、全220 条の半数以上を占めている。このことはパーリ律編纂者達にとり世間の人々の持つ規範意識が無視できない程の影響力をもっていたことを示すると共に、サンガと世間の関係を調和させることが戒律の重要な目的の一つであることを示唆していよう。 |