龍蛇は三悪道のうちの畜生の一類であり、三熱の苦を受け、畜生のなかでも特に劣った存在、また貪・膜・癡の三毒の象徴であり、仏教による救済を待つ存在であって、しかしながら、ある場合には仏菩薩が人間界に出現する時の姿でもある。そして、龍蛇は寺院縁起譚や仏教霊験譚に繰り返し登場し、大きな役割を果たしている。彼らはなぜそれほどの位置を得ているのであろうか。古代・中世の人々は、こうした否定的なものの意義、劣悪な存在の価値について、仏教の教義・教理だけでなく、非創作的で多くの人々の參加によって生まれ、伝えられる説話という方法によって最も的確に最も面白く語ってみせてくれる。本論文は、そのような古代中世人の認識をたどりなおそうとするものであり、そのことを通じて、それらさまざまの説話が同じ構造をそなえていることを明らかにしつつ、仏教説話を文學的に評価する一つの試みである。 |