「品川猿の告白」は『文學界』2020年2月号に掲載され、その後、短編集『一人称単数』(文芸春秋)2020年7月号に収録された。5年前、群馬の小さな温泉街の古びたホテルで、人間の言葉が話せる〈品川猿〉という老いた猿に出会った〈僕〉は、〈自分は人の名前を盗む能力があり、それは自己の欲望を満たすものだが、名前を盗まれた女性は「ある種」の自意識の混乱を抱えることになる〉と猿から告げられる。その5年後、〈僕〉は、突然自分の名前を思い出せなくなった女性に職場で出会い、それが〈品川猿〉と関係があることに気づいたが、あまりにばかばかしいので彼女には言えなかった。〈僕〉は〈品川猿〉が名前を盗むことに興味を抱きつつも、結局、その女性に〈品川猿〉のことは言わず、そのことに罪悪感を抱いたまま物語は終わる。猿が、好きになった女性の名前を盗み、名前を盗まれた女性は自分の名前が思い出せなくなるという物語の設定は、結婚に際して多くの女性が夫の姓に変更を余儀なくされるという、日本における「夫婦同姓」制度を想起させる。よって本稿では、こういった社会的観点を取り入れることにより、〈品川猿〉による女性の名前を盗むという行為の構造の背後に隠された、本作品における意味を探っていくこととしたい。 |