日本の夏目漱石に匹敵し得る韓国の作家李光決(イクァンス)は、その生涯や文筆活動、近代文学史における位置など、漱石と類似する点が少なくない。そのため、両作家とその作品に関する比較文学的な視座からの研究は、これまで持続的に行われてきた。本稿は、なかでも最も多く研究されている作品『無情』と『虞美人草』を、主要人物の家族関係、特に親子関係を中心に比較検討し、それらがそれぞれどのような樣相を呈し、作品の構図や登場人物の造形、事件の展開、作者の意図などにどのように機能しているかを明らかにしようとしたものである。両作品は、若者達が織り成す愛情問題を通して、作者の意図が具現されており、作中の主要人物の親子関係は、その樣相だけではなく機能までも酷似していて、ストーリーの背後で登場人物の性格形成や作品の構図、事件の展開などにかなり大きな影響を及ぼしていることが分かった。ただし、『無情』のヒロイン朴英彩と『虞美人草』の藤尾は、作者の「セオリーを說明する」ために、前者は自殺を断念して自我に目覚め、後者は我を押し通して自殺することで、その役割を果たしている。このように、両作品が結末において大きく異なっているのは、当時の韓国と日本の置かれた状況や両作家の年齢、社会の認識などが異なっているために、それらが複雑に絡み合って創出された創作意図の差異から由来していると言えよう。 |