今や、百萬人の読者がいる。今や、村上春樹の『1Q84』について語ることは、自らの政治信條を語る以上に、何かしら普遍的なレベルでのイデオロギー表明となるような気がする。2010年5月の時點で、『1Q84』(BOOK1〜3)の総売り上げは300萬部に達した一何よりも、おびただしい數の読者の目があり、その多くが、この小説から得た印象に何かしら不安を覚え、肯定か、否定か、二つの極を行きつ戻りつしている現実がある。では、読者のそうした迷いは、はたしてどこから生まれたのか。第一にそれは、いうまでもなく、空前絶後のベストセラー化にある。『1Q84』が社會現象と化したおかげで、読者は、素直に、孤獨にその読後感に浸ることができなくなった。それは、ある意味で不幸な事態といってよい。迷いの第二の理由は、作者がこの小説で行おうとした実験そのものにある。多くの読者がいま陥れられているジレンマはごく単純である。要するに読者は、アレゴリーとして書かれ、アレゴリーとして読みとられるべき物語を、自分の人生に照らしたリアルな物語に翻訳したいという願望をぬぐいきれずにいるのだ。 |